四半期開示をめぐる動向
-特に米国の最新動向について(下)-

2019年5月31日

ディスクロージャー制度調査室長
兼 プロネクサス総合研究所 理事長
常務執行役員

水沼 久雄

前回のナレッジでは「四半期開示をめぐる動向-特に米国の最新動向について-」の(上)として、我が国における議論の現状、トランプ大統領の発言、SECの苦悩について書きました。
今回は(下)として、「欧米の四半期開示制度の概要」と「トランプ大統領ツイートに対する市場関係者の反応」等について取り上げます。

■米国の四半期開示制度の概要

欧米主要国である米国、英国、フランス、ドイツの四半期開示制度について、概観します。
先ずは米国ですが、1970年に法令により四半期開示制度が義務付けられ、具体的には上場会社はForm10-Q(四半期報告書)をEDGAR(Electronic Data Gathering, Analysis, and Retrieval)システムで開示することとされています。開示時期は時価総額により異なりますが、決算後40~45日以内です。
また、任意開示の範疇ですが、開示会社によっては四半期報告書の法定開示よりも前に四半期業績概要や業績予想がEarnings Release(プレスリリース)として公表されることがあります。公表項目は我が国の四半期決算短信のような共通の参考様式がなく、公表される勘定科目等は会社によって様々で、会社によってはレビュー前の財務諸表を公表する事例もみられます。業績等のEarnings Releaseが公表されますと、それは「株主に通知する必要のある重要情報」と位置付けされて、法定開示書類であるForm8-K(我が国の臨時報告書に相当)として4営業日以内に開示しなければならないことになります。アナリスト、機関投資家、メディア向けのEarnings Call(業績説明会)を行う場合も同じ対応が必要になります。ちなみに、年次業績等に係るEarnings ReleaseやEarnings Callについても公表後は四半期と同様Form8-Kの対象です。

■欧州主要国の四半期開示制度の概要

次に、欧州主要国の四半期開示制度をみますと、法定開示は主にEU内の証券取引所上場会社を対象とする「上場証券の発行者についての情報の透明性に関する指令」(透明性指令)が基本となっています。透明性指令は2004年12月採択で四半期開示に当たる中間経営概況の開示を暫定的に導入しましたが、2013年10月の見直しでその開示義務を廃止しています。これを受けて、英国は2014年、フランス・ドイツにおいては2015年に法律上の四半期開示制度の義務が廃止され、その結果、透明性指令の決算開示は年次と半期の年2回となっています。
しかしながら、このような法定開示制度の見直し後、四半期開示の取り止めとは異なる動きがみられます。英国においては有力株価指数であるFTSE100構成会社の半数以上、フランスでは取引所であるユーロネクスト・パリのA・B部上場会社では約8割が、任意で四半期開示を継続しているといわれています。また、ドイツでは、取引所規則で四半期開示の義務付けを継続しています。

■トランプ大統領ツイートに対する市場関係者の反応

米国の四半期開示制度について、従前から企業経営者からは見直しの意見がみられました。大統領ツイート前の昨年6月初旬にも、NYSE上場の投資会社バークシャー・ハサウェイ社CEOのウォーレン・バフェット氏や大手銀行JPモルガン・チェースCEOのジェイミー・ダイモン氏は、予想の弊害を指摘して経営者に向けて「予想業績公表の廃止」を訴えていました。昨年8月の大統領のツイートで取り上げた会合では、企業経営者から四半期開示制度そのものの廃止を訴えがあったとしています。
大統領のツイートを受けた市場関係者からも様々な反応が報道されています。先ずお膝元の米国内ですが、米国機関投資家協会は四半期開示制度の廃止について反対表明しています。同協会は四半期決算を途中経過の報告として必要との認識を示し、法律やルールに基づいた開示の継続を求めています。
次に、先に四半期の法定開示制度を廃止した英国では、英国投資協会は四半期開示を任意とする意見であり、「我々が欲しいのはより多くの情報でなく、より良質でタイムリーな情報である。我々は企業とのエンゲージメント(対話)を強化している」と報道の取材に回答しています。
我が国では、大統領ツイートに対する報道は多数ありますが、これに関する具体的な意見はほとんどみられません。ツイート前の金融審では、前回の冒頭で記述しましたとおり、「引き続き、我が国における財務・非財務情報の開示の状況や適時な企業情報の開示の十分性、海外動向などを注視し、必要に応じてそのあり方を検討していくことが考えられる」と整理しています。となると、SECの検討結果次第では、四半期開示制度が近いうちに金融審のテーマのひとつになることも考えられます。

■最後に

当ナレッジの執筆現在、米国SECの意見募集期日(3月21日)を過ぎていますが、この件に関する新たな情報は出ていません。SECには立場によって様々な意見が寄せられていると思いますが、四半期業績予想の議論を別にすれば、SECが法定の四半期開示制度を簡素化、若しくは廃止するとしても、今後の方向性について明確に言えることがあります。それは、SEC委員長や英米機関投資家団体の発言から共通している「『より良質でタイムリーな情報開示』と『マーケットとのエンゲージメント(対話)』が企業に求められている」ということです。
「より良質でタイムリーな情報開示」について言えば、機関投資家は良質でタイムリーな開示を実施している上場会社の決算発表には開示内容に「負のサプライズ」が少ないと判断して投資をします。反対に、そのような開示を実施していない上場会社には決算発表時に「負のサプライズ」が突然表面化する虞があるとみて投資を控える傾向があり、その結果、時価総額が割り引かれます。現在の上場会社の経営を取り巻く環境は四半期開示制度が導入された頃と比べても変化要素の多様化やボーダレス化の進展がみられますので、ますます機関投資家は上場会社の年度の途中経過に係る開示姿勢や内容を注視するとともに「マーケットとのエンゲージメント」を求めています。
このように見ていくと、年度決算の途中経過報告を法定の継続開示書類(半期報告書)のみでカバーすることが適当でない上場会社も多いことから、今後、四半期開示制度は簡素化はあっても廃止される可能性は少ないと思います。仮に法定の四半期開示制度が廃止されたとしても、マーケットが「より良質でタイムリーな情報開示」や「エンゲージメント」を求める上場会社、または自ら「マーケットとのエンゲージメント」を実行する上場会社においては、英国やフランスのように任意で四半期開示の継続を選択するケースが多いと思います。

ナレッジ一覧に戻る