IR担当者がIRの場面で気を付けたい日本語

2017年4月17日

執行役員 IR事業部長

伊藤 直司

IR担当者は、会社を代表して外部の人と対話をしたり、大勢の人の前でプレゼンをすることが多い立場です。その際に正しい言葉づかいで正しいしぐさを見せれば、会社の評価が高まります。

逆に、大事な場面でおかしな日本語を使ったり、変なしぐさをしていると、会社の知的レベルを疑われることにもなります。見ている人は見ているし、わかる人はわかるのです。

いずれにしても、IR担当者たるもの、良好なコミュニケーションを図るために、正しい日本語の使い方に気を付けたいですね。

今回のナレッジはちょっと趣向を変えて、良くありそうなIR活動の様々なシーンで、つい間違えて使ってしまいそうな日本語の表現について考えてみることにしました。

(シーン1)
「僕じゃ『役不足』だ~!」

社歴は長いですがIR担当になってまだ3ヶ月のAさんが悩んでいます。
「専務の香港IR出張に同行せよと部長に言われました。僕なんかでは役不足です・・・」。

<どこがおかしいの?>
Aさんは、「私などでは、専務に同行して海外の投資家と会うなんてとても無理。未熟です・・・」と謙遜したつもりでしょうが、これでは全く逆の意味になります。
「役不足」とは、本来は役者に与えられた役柄がその役者の力量を下回ることを言い、ここから派生して「こんな小さな役割では、私の実力から考えて不足しています。もっと大きな役割でないと不満です」という意味になります。
ですからAさんは、「専務と香港なんて物足りない。社長とニューヨークへ行かせてくれ」と言っているようなものです。

この場合、Aさんが言いたかったのは正しくは「力不足」。「私では力量も経験も不足」と考えているのですね。でもそんなこと言わないでください。IRに来て3ヶ月かもしれませんが前の部署での経験を買われてIR担当になったはず。チャンスですからこの機会に専務にそのキャリアをアピールし、一日中一緒に行動することで経営陣の考え方を存分に吸収してきてください!

(シーン2)
「今日の『紅一点』のBと申します・・・」

Bさんが自己紹介をしています。
今日はIR担当者の勉強会。IRの世界では最近は女性の活躍が目覚ましいのですが、今日は珍しいことに、各社から集まったのは男性ばかり。女性はBさん一人です。
自己紹介が始まりました。順番が来て立ち上がったBさんは元気よく切り出します。「〇〇商事から来ましたBと申します!今日は男性ばかりで私は紅一点ですが、頑張りますのでよろしくお願いします・・・」

<どこがおかしいの?>
紅一点とは、中国の王安石が作った「詠柘榴詩」という古い詩にある「万緑叢中紅一点」から出た言葉で、見渡す限り緑の草原の中に一本だけザクロの木があり紅い花をつけている様を詠んだもので、転じて「男性の中に一人だけ女性がいる」状態を言います。
しかし本当の意味は、ただ単に男性の中に女性が一人だけということではなく、「一人だけ美しい女性がいる状態」を指すのが紅一点なのです。とびきりの美人でなくても、ひときわ目立つ存在という意味に使います。
ですから、例えば司会の方が、「今日の紅一点、〇〇商事のBさんです」と紹介するのはいいのですが、上の例のように、Bさんが自分で「紅一点です」と言うのは、知っている人には「なんだ、このうぬぼれ?」と失笑されるかもしれません。
人から言われるまでは、自分では「女性は私一人ですが・・・」と普通に言っていたほうがいいですね。

(シーン3)
「よし、今度こそ『汚名挽回』するぞ!」

Cさんが気合を入れています。
Cさんは前回の決算資料作成で大きなミスをしてしまいました。今度こそ絶対にミスをしないようにと何度も書類を見なおして、いよいよこれから決算発表です。しかしCさんの気合を聞いた隣の部のDさんは、またミスがないか心配になりました・・・。

<どこがおかしいの?>
「汚名」は、つけられた悪い評価・評判であり、「挽回」は取り戻すこと。このまま読めば、「汚名を取り戻してどうするの?」ということになります。正しくは、「汚名」をそのまま使うなら「汚名返上」、「挽回」をそのまま使うなら「名誉挽回(回復)」となります。「汚名挽回」は、両方が混同してしまった結果ですね。
「汚名返上」と「名誉挽回」は意味としては明確な違いがありますが、現在ではどちらもミス・失敗を取り返すことの意味でほぼ同じに使われています。ただ、「汚名挽回」だけは間違いです。

(シーン4)
「今日の会議、もう議論百出、『ケンケンガクガク』で大変でしたよ・・・」

Eさんが嘆いています。
EさんはIR部門の代表者として来年度の予算会議に出席しました。会議では、各部門が、自分のところに少しでも多くの予算をゲットしようと議論百出。「来年度こそは株主判明調査をして海外IRに出かけたいし、個人投資家説明会にも参加したい」と考えているEさんも、IRの重要性を盛んにアピールしました。でも、「ケンケンガクガク」って・・・。

<どこがおかしいの?>
Fさんは、大勢の人が口々に意見を言って騒がしい様子を言ったのだと思います。静かで意見の出ない会議よりいいですよね。でも、それを言うなら「ケンケンゴウゴウ」「カンカンガクガク」です。漢字で書くととても難しいのでカタカナにとどめますが、前者は「たくさんの人がやかましくしゃべる様子」を表す言葉で、後者は「正しいことを率直に述べて議論している様子」であり、微妙な違いはあるもののどちらも議論が盛り上がっているさまを表しています。しかし「ケンケンガクガク」なんて言葉はありません。

以上、色々な日本語の誤用を挙げてきましたが、基本的には、自分では正しい使い方をするように心がけていただければそれでいいと思います。他の人の誤用に気が付いても、指摘したりするのは充分気を付けてくださいね。やんわりと聞き流すくらいがいいのではないでしょうか。日頃からコミュニケーションが十分に取れていれば、相手はあなたの指摘を感謝し受け入れてくれるでしょうが、そうでない場合は人間関係を壊す原因になりかねません。

私は、4年前に事業会社のIR担当から当社に転職をする際に、「これからは正しい言葉づかいや文章にもっと気を配らないと」との思いから、ちょっと勉強して日本語検定の1級と漢検の2級を取りましたが、金田一先生のような国語学の権威でもなく、この文章にも間違いがないかちょっと不安があります。

でも大事なことは、自分はなるべく正しい日本語を使うように心がけるようにしながらも、あまり気にしすぎないで進んでコミュニケーションをとるように努めることだと思います。

人から聞いた話ですが、外国語教室で、先生の質問に、答えがわかっていて手を挙げるのは欧米人、わかっていても手を挙げないのが日本人、わかってもいないのに手を挙げるのが南米人だそうです。日本人は奥ゆかしいのか遠慮深いのか、人前で自分の意見を言うのが苦手。でも、IRで最も大切なコミュニケーションを築き上げていくのに一番大切なことは、相手を知ることと同時に自分をわかってもらうことです。黙っていては相手に何も伝わりませんね。

以上のお話は、皆さんが良好なコミュニケーションを築いていくための話のタネにでもしてください。そうして、「的を得た」説明ができるようになり、「押しも押されぬ」立派なIR担当者になってくださることを祈ります・・・。

えっ、間違っている?

「的を得た」・・・的のド真ん中をズバリと貫くような正確な様子を言うのですが、「的を射た」が正しいです。的の真ん中を矢で射るのですから。「的を得た」は、「当を得た」とか「要領を得た」との混同の結果と思われます。しかしこの「的を得た」、言いやすいし使う人多いですよ~。

「押しも押されぬ」・・・堂々としてぶれない状態を言いますが、正しくは「押しも押されもせぬ」と言います。これとほぼ同じ意味の「押すに押されぬ」と混同してしまいました!

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