大学で講義させていただきました!

2017年11月28日

ディスクロージャー事業部 IRソリューション部 イベント制作部担当
執行役員

伊藤 直司

秋も深まりを見せてきた11月10日、都内のある大学で特別に講義をさせていただいた。文武ともにレベルの高い、伝統のある有名大学である。
仕事柄、個人投資家の方々や企業のIR担当者の皆さんにお話をさせていただくことはあるものの、学生さんに対する講義は初めての経験だった。
このお話を頂くに至ったのは、以前、その大学の商学部の先生と企業研究会のお仕事でご一緒したことから始まり、年初(2017年1月)にその先生のゼミの発表会にご招待いただいたことがきっかけとなっている。

企業調査報告会にコメンテーターとして参加

ゼミの発表会は正式には「企業調査報告会」といって、ゼミの3年生が2年間にわたって調査してきた業界と企業についてプレゼンを行うものである。毎年開催されており、招かれた社会人(アナリストや企業のIR担当者数名)が発表を聞いて質問やコメントをする。そのコメンテーターとして招待されたわけだが、私としても学生さんが企業をどのように評価するのか大変関心があったので喜んで参加した。発表した学生さんはこの報告会で受けたコメントや更なる調査をもとに卒業論文を作成するそうだ。
ご案内をいただいてまず驚いたのは、報告会は夜の6時から始まり9時までということ。授業の一環なのだから通常の時間割の中でやるのかと思っていたのだが、これは私たちのように外部から集まる社会人への配慮なのだという。それならばこちらも漫然と聞くわけにはいかない、学生さんの参考になることを言ってあげなくてはと気を引き締める。

プレゼンを聞く。驚きの連続

当日の進行は、学生さんが一人ずつ、自分の選んだ業界の中から任意で4社を取り上げ、調査分析により比較検討した結果を披露し、最後に「以上から私は○○株式会社に投資することに決めました」と結ぶ。そして質疑応答となる。持ち時間は発表10分 質疑応答5分を目安としている。
対象とする業界は10種類。建設業界や食品業界、医薬品業界といった伝統のある規模の大きな業界から、化粧品業界、アパレル業界のような時代を敏感に反映する業界、さらにコンビニ業界やリサイクル業界等の新しい潮流まで幅広い。
発表が始まる。それぞれの業界について、アナリストでもない学生さんが良くここまで調べたなと思うほど詳細に調査分析をしており、授業で財務諸表の読み方をしっかり勉強しているからできることだと思った。これが率直な感想である。またその要点をわずか10分でキッチリと要領よく発表することにも驚いた。どの学生さんもプレゼンがお上手で、声がよく出ており、手元原稿を用意することもなく内容を把握して発表に臨んでいる。
しかしすぐに、どこかが、何かが足りないと思うようになった。どうも企業の評価が財務諸表に頼り過ぎの感がある。もちろん財務諸表は大切だが、企業の見方が若干表面的なのではないかな、と感じるようになった。そこで、質疑応答の時間に「大変良い発表だったけど、社長の人となりとかビジネスにかける情熱とか、そういうことは評価に入れているの?」というような質問をした。すると学生さんからは、企業のホームページが最大の情報源であって、財務諸表以外でも得られる情報は加味したが限定的だ、との回答だった。少しガッカリしたがこれは無理もない。学生さんはアナリストではないから実際にその企業に訪問したわけではなく、もちろん社長に会ったこともなくIR担当者にさえ会ったことがない。
そんなわけで今回は経営者の質とかガバナンスがどうとかいう話はほとんど出なかった。先生からも、「そういうことには触れずあくまでも財務分析で」という指導はされていないということであったが、こういう非財務情報を学生さんはどうとらえているか興味あるところではあった。
ところで、プレゼンの進め方(発表パターン)が全員同じなので「フォームとか、型とかを決めていらっしゃるのですか?」と先生に聞いたところ、そういう指導もしておらず、各人各様にまかせているとのこと。しかし最初にうまくいった学生がいると、あとの学生はみんな同じようなパターンになってしまうとのことであった。ネットで簡単にプレゼンフォームが入手できるウェブ世代の特徴なのか?形式が自由なら、学生さんのうちは変わった分析手法を用いたり、人と違ったステップを踏んだりしても面白いのにと思った。

ゲストスピーカーの依頼を受ける

いずれにしても、企業を真剣に調査しようとする学生さんの姿勢には大いに共鳴し、その場で先生に、「今日は大変勉強になりました。今度何かありましたらまたお声かけください」とお伝えして帰った。するとすぐにメールをいただいた。今度はゼミでなく先生の講義の一環として私にゲストスピーカーの依頼だという。
先生の専門は『企業評価論』で、毎週金曜日の13:30~15:10に授業があるとのこと。対象は商学部の3,4年生で履修者は40名ほど。春学期は基本的な財務諸表の読み方から始まり、企業評価手法、経営・会計戦略について学び、秋学期はファンドの話や企業のディスクロージャー、資本コスト、M&A及びアナリストの仕事についての話をしているとのことである。
ちょうど2017年度の講義で登壇してもらえるゲスト講師を探していたという。ゲスト講義に関しては春学期は投資家サイドからアナリストに登壇してもらい、秋学期は企業のIR担当者にお願いするのが通例らしい。時期としては10月下旬から11月上旬で、1時間程度話をしてそのあと質疑応答という形で進めるとのこと。今年度はそのお話が私に来たわけである。
私としては名誉なことだと思ったので、早速上席役員及び関係部署の承認をもらい、先生に受諾の返事をした。まだ1月のことで、その時点では講義は遠い先のことに感じた。

講義テーマを考える

講義で何をお話ししようかと考えたが、基礎的なことや理論的なことは専門家である先生が一年かけて教えているのだから、私が今さら話す必要はない。また、今の学生さんはWeb世代だから、インターネットで簡単に取れるような情報などを話しても意味がない。先生からは「HOYAでのご経験や、現在、投資家やIRを取り巻く環境が大きく変化する中で、色々な企業をご覧になっての率直なお考えなどざっくばらんに聞かせていただければ」とアドバイスがあった。それなら、「現役ではないものの企業のIR担当者の代表として呼ばれたのだから、IR経験者しかできないお話をしよう。幸いにも私は一つの企業だけではなく、プロネクサスに移ってからというもの多くの企業様とおつきあいさせていただいている。この経験も活かしてお話させてもらおう」と考えるに至った。学生さんのIRに対する理解が深まり、こういう優秀な学校の学生さんが企業に入ってIRや広報を目指してくれるといいなと思った。

やはり4つのF

そうなると私がお話したいと思うのは、「4つのF」の話である。これは、私がHOYAのIR担当時代に心掛けた、IRを進めていくうえでの大切な心構えをまとめたものだが、HOYAが当時IR先進企業と呼ばれるようになったのもこの4つのFがあったからであり、これがふさわしいだろうと思った。また、この4つのFは企業のIR活動に大事な要素であるだけでなく、社会人としてどんな部門でも必要な心構えだと思っており、日常生活にも必要なことだとさえ思っている。これから就職活動を始めて社会人になろうとする学生さんにはちょうどいいテーマだと思った。
ちなみに、4つのFは、以前このナレッジで紹介したときと少し変わってきているので改めてご紹介しておく。昨年11月掲載のナレッジでは、4つのFを、FAIR、FAST、そしてFRANK/FRIENDLYとしていたが、その後もう一度わかり易いように整理して、今では次のように説明している。
FAST(早くやる、先にやる)
FAIR(公正・公平に、詳細に)
FREQUENTLY(ひんぱんに、まめに、継続して)
FRANK(気さくに、オープンに、自分の言葉で)
当日のプレゼンタイトルは「あの企業はなぜIRが進んでいると言われたのか?-元IR責任者が今になって考える効果的なIRとは?」とした。上記の4つのFについて、一つ一つ事例と共に解説し、最後に、「基本的な事項をきちんと実行することが効果的なIRにつながる」と結んで講義を終えた。

「いい質問だ!」

講義の後は質問を受けたが、なかなかいいことを聞いてくる。
「先ほど、決算発表を市場の引けを待たずに場中にやるようにしたら、好業績にもかかわらず株価が大きく下がったこともあったとおっしゃっていましたが何が原因なのでしょうか?」
「アナリストを含めた投資家との信頼関係の構築がIRの目的で、伊藤さんもそうしてきたとおっしゃいましたが、それが役に立ったことってありましたか?どういう時にその効果がわかるのでしょうか?」
「HOYAさんでは決算説明会をとても重要視されていて、毎四半期にやるとおっしゃいました。しかしそんなに重要なのに、なぜ他の企業は2回しかやらなかったり、やらない企業まであるのでしょうか?それほど費用や手間がかかるのですか?」等々。
質問には適切にお答えしたつもりだったが、「ああ、こんないい質問が出るなら、講義はもっとコンパクトにしてディスカッションに多くの時間を取ればよかった」と思った。だが時すでに遅し。

先生からフィードバック

終了後、先生から、「めったに聞くことができないIRの現場での工夫やご苦労を知り、学生にとっては貴重な機会になったと思います。」というお言葉をいただきほっとした。同時に先生から面白いお話を聞いた。いつもの授業の中で、問題を学生自身で主体的に考えてもらうためにグループワークやケーススタディを行って理解度を確認するそうだが、その中で、学生さんの意見・感想として、「アナリストというのは、あとから何を書かれるかわからないから対応したくない」、「ディスクロージャーはコストや手間がかかるから最小限にしたい」など、先生に言わせると、「投資家対応に消極的な企業のIR担当者のようなコメント」が複数あるのが気になっていたとのことである。先生によると、学生さんも色々なのだという。興味を持って聞いてくれる学生ばかりであればやり易いが、実際は温度差があるとのことだ(実はそれは私も講義中に思った)。
帰社したら、先生からメールが届いていた。「本日の講義でIR先進企業の実例を知り、学生たちも少し考え方に変化があったのではないかと思います。また、これを機にIRの仕事を目指す学生が出てくると良いなと思いました。今回お話いただいた4つのFの話には来年の学生にも聞かせたいくらい大切なメッセージがあったと思います。次回は機会があればアナリストとの付き合い方の話なども伺ってみたいです。」と言ってくださった。

学生さんにとってのIRとは?

そもそも、学生さんにとってIRとはどのようなものとして考えられているのか?今回は事前にそれを確認する機会はなかったし、当日も面と向かって尋ねる時間はなかった。だから私の想像にすぎないのだが、先ほど紹介したようなコメントがあるということは、次の3つの点について、その「違い」がまだ明確になっていない学生さんがいるのではないかと思う。一つ目はIRとPRの違い。ご承知のように、PRは「良いところを強調し、イメージを高めて業績向上を目指す」もので、「費用をかけ派手」であるが「一般大衆に対して一方的に発信されるので、評判になることはあっても批判・反論されることは少ない」。一方IRは「投資家に自社を株式市場で正当に(適正に)評価してもらうことを目指すため、良いことだけでなく悪いことも伝えていく」ものであり、「外部からネガティブな意見を頂戴することも多い」。また一朝一夕に効き目がわかる活動でないために「費用対効果が見えにくいとして企業はあまり手間や費用をかけずにやろうとする」。ただ、「良薬は口に苦し」。厳しいご意見を成長のプラスに変えていくことがIRのもう一つの仕事である。
2つ目はディスクロージャーとIRの区別である。主として財務情報を法定ベースで開示するのがディスクロージャーであり、それに付加価値を与えて将来につなげるのがIRである。
さらに3つ目は、ネットとリアルの違い。特に「対話」についてである。IRには投資家との信頼関係が重要で、その構築には対話が必須なのだが、それはリアルなface to faceの対話のことである。ウェブ世代の学生さんが、IRの対話はネットを通じて行うものととらえていたらそれは違う。「隣人ともスマホでLINE」「無言でツイッターに投稿」などは、学生のうちはいいとしても社会に出たら通用しない。入学試験はともかく採用試験には面接が必須であるように、ネット時代になっても、相手が信頼に足る人物なのかどうかはface to faceのリアルな対話からしかわかり得ないのだ。
これらは先生のことだから授業でキッチリ教えておられるだろうし、学生さんも一応は理解しているだろうが、現場に出てみないとなかなか実感としては認識できないかもしれない。これらの微妙な違いを認識し臨機応変な対応をして企業価値を高めていくのがIRでありIR担当者の仕事となる。

おわりに

貴重な経験を終えて思う。最初にお話を受けた時に、先生から、「学生は、外部講師といっても、政府系の機関がしてくれるお勉強的な話よりは、『実はね・・・』みたいな現場の話のほうに興味があるみたいですので、気楽な感じでお話いただけると助かります。」と言われていた。なので、できるだけ堅苦しくなく話をしたつもりではあるが、ちょっとまじめすぎたかもしれない。正直言って学生さん達は固まっていた気がする。こういう場合の講師は、一足先に社会人となった「兄貴分、姉貴分」みたいな世代のほうが共感を呼んで良かったのかもしれない。私では学生さんの親の世代よりも年長、それどころか年齢的には教授世代?そんな初対面のオッサンが神妙な顔をして語り始めたから、学生さんもリラックスできなかったのかもしれない。もっとフランクにIR担当者としての立場から日頃の授業を通じての疑問や悩みに答えるような「公開討論会」のようにしたほうが良かったのではないか。自分自身がもっと「対話」を心掛けたらもっとわかり易かっただろうに。次回、もしまた機会を頂けたらそうしよう。

将来、何年か後に、若いIR担当の方にお会いしたとき、「あ、私、大学で伊藤先生のお話を聞きました!」とか言ってもらえたら嬉しいな、と思う。「先生だなんて、そんな・・・」とか謙遜しながら(内心喜びながら)よく聞いたら私の話ではなくあの高名な先生の講義だったら笑い話だが・・・。

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